がんばってるね、ありがとさん。

Some are straight.

Some are curled. But they are all 95 percent water.
So, straight or curled, to stay what they are,
they need water. Aren’t they a bit like you and me?

Curlingという現象です。curled cucumbersなら頭韻です。
鯛は腐ったら大変ですが、胡瓜は曲がっても胡瓜。
一時的な水不足や栄養不足でそうなることがあるけれど、挽回すれば、曲がった腰がすこし伸びたり、サイズがしっかりしてきます。元々水分95%ですから、曲がってても味は変わらない感じ。
ネット上の栽培のプロのサイトでは、曲がっていても美味しいとは、海が割けても言わないけれど、スーパーに出さないアマの自分は捨てません。
キューリはキューッというまっすぐ感のある音ですが、ぼくはカーリでも食べます。見た目より食べた口。見た目だって、曲ったキュウリはわびさび。そうだ今度ワサビで食してみよう。のう休利、いや利休殿。
ことわざ「必要は発明の母」は、おなじみの
Necessity is the mother of invention.

今回また円ドル相場に介入interventionがあり、ことわざをもじれば、
Necessity is the mother of intervention.
となる。ひょっとして、でかしたかな? これ、初出かな?
Is this a first?
オンラインすれば心配は的中。すでに出回っている。
It’s been around.
昔はこうしたときに希望を抱き続けたものだが(知るよしもないので)、これはAI時代にそぐわないのかも。
Hope is a good thing.
と言ったのは『ショーシャンクの空に』の主人公。
この時代、
It still resonates with me.
未だ心に響くね。
毎日それなりに採れていたミニや中玉のトマト。

それが今は元気がなく、黄色い花が緑の実にならない。キューリは9月で終わるし。みなさん、ストップの時期をよく覚えているなぁ。
今回のタイトルは、”Let’s Call the Whole Thing Off“の一節。あなたはああ言う、わたしはこう言う、こんな関係キャンセルしよう、と提案するも、
But oh if we call the whole thing off,
Then we must part
And oh if we ever part then
That might break my heart
と気を取り直すという、大人が謳うには可愛すぎるようなヒット曲。(ガーシュウィン兄弟作・ミュージカルShall We Danceより)
この二人はキャンセルなしで旅を続けそうだ。♬

Riki and Mori at a lake. PHOTO: Melissa, their mom
メッセージや心情を印象深く伝える技術を「修辞」rhetoricと呼びます。そのひとつで、疑問文の形を借りて、その反対の答えを正しいとする技法が「修辞疑問文」rhetorical questionで、2つの形があります。
次はその例。住みたい国はこういうものだ、というメッセージを強く表す2態です。
①否定形の修辞疑問文 ⇒ 答えは肯定的「そういう国に住みたい」
Who doesn’t want to live in a safe, healthy, prosperous nation?
②肯定形の修辞疑問文 ⇒ 答えは否定的「そういう国には住みたくない」
Who wants to live in an unsafe, unhealthy, unprosperous nation?

Riki and Mori with Popsicles PHOTO: Melissa T. Pino