いろいろなものが置いてある幼児2名のいる家で。

Pikabo
長いレースで最後まで頑張れる馬・人などを stayer (英)。
こちらは homestayer かな?
ホームステイ先の食卓には子供の語彙増強の絵本が置いてある。

3歳半のRiki君が1冊を開いてパパに説明を受けていた。Riki君のパパ・ミゲルは、一人間に対するように話す。

これらの本はみんな何度も見ているのだろうが、ここはちょっと難しいのではないだろうかと思ったとき、リキ君から、
This is getting a little tricky.
という発言があった。「これはちょっとトリッキーになってきた」。
パパの語彙から得たに違いない。
difficultという、「困った、難しい、出来そうにない」といった自己否定調の単語でなく、not easy という、やはりネガティブ感の残るフレーズでもなく、「ひっかかりそう、気を付けないと、厄介、油断できない」といったゲーム感覚すらある、響きも軽いtricky を使う。
これを3.5歳で確保とは、太古に18歳で英会話を始めたとき、この言い回しを知らなかった人間の感想はと問われれば、Wow2 である。
口語は人間を明るくするのではないか、という仮説が立ちそうだ。
事情で今回は滞在期間が倍になり、月末まで1ヶ月の”ホームステイ”となった。
ロサンゼルス郡は特に heat dome という現象が起こりやすく、現在最高気温が30度台前半まで達する日が多い。
ここカラバサスもその例にもれず、
Calabasas is now in a heat dome.
最高気温が摂氏なら、
Highs are in the low 30s.
華氏なら
Highs are in the low 90s.
そして華氏だと100度が切りの良い大台になるので、「越え」のtopを使い、
Temperatures are topping 100 degrees in some locations/areas.
となる。
このまま夏かな。マリブー海岸が近くにあるが、みな私有地風で遺憾。
江ノ島の写真でも見て懐かしむべし。

Flip-flops standing on their own two feet on Katase Beach
Q: What’s the difference between the bird flu and the swine flu?
A: One requires tweetment and the other requires oinkment.
treatment + tweet(bird cry)
ointment + oink(pig cry)
USA人気1,2位を争うというエアライン(airlines)だと聞いていたけれども、この機だけかもしれないが席の狭さもトップを目指し他社と苛烈な空中戦を展開しているに違いない。帰りはアップグレードしておこう。ただ、結構寒いのは飛行機だから仕方がない。羽田の暖気で脱いだセーターをキャリオンバッグに突っ込んだままだったことを思い出し、フルフライトのこれまたセマ気味の通路をやや後方へ歩き、日本語で言うのも面倒くさいオーバーヘッドコンパートメント(overhead compartments)のこれまたセマ気味のセクション(overhead compartment)をやっと開けて、左右の荷物にギューッと挟まった自分のバッグに手を掛けて、結構重いので念のために下をみると、ほの暗いシートに仰向けになった半裸の赤ちゃんがこちらをじっと見ていて、それがヒッチコックの『めまい』のドリーズームのようにぼくの目に飛び込んで来たから、思わずバッグを落とさずしっかり戻して自席に戻り、映画欄から『レンタルファミリー』を選んで見入ってしまった。これが不幸の始まりで、赤子泣いてもバッグ取れという金言を何故思い出せなかったのか、目を三角にして悔やんでいる。I flew with the flu.あるいはI’m three-days cold. 風邪と共に降りぬ。風邪勝ちぬ。体調のためレベルご寛容。
娘家族の家に着いて、ベッドから外の景色を眺めながら3日目。
Now I feel I’m about 80 percent recovered!
They came up to see me. Temperatures go up to over 20C in Calabasas.



12月のインフルとデータ消失騒ぎで延びたカリフォルニア行きを果たすべく羽田空港へ。チェックイン時にAI化の進行を感じる。ただ、こちらのセルフ操作か機械のせいか、係の人が補助してくれた。こういうヒトも、やがてボットになるのだろうか。
機内で和英映画『レンタルファミリー」を見た。play a/an … part「・・・な役割を果たす」という和英同一のイディオムがある。この映画はそれを多層化したブラックコメディとしていいポジションを取った。平岳大さんは私の眼の中で特に光を放っていた。こういう映画までAIがAIAIOと作れるかな。江本明さんの果たす、役割がなくなっていく人物という役割は、刺さった(使い方いいのかな、まあいいや、もう使わない)。ブレンダン・フレーザーさんは、何だかAIみたいだった。だが、ラストシーンの、ほんの数秒の表情はしつこさがなく、押しつけもなく、ツルっと頂いた。ヴィム・ヴェンダーズの『パーフェクトデイ』のラストを想起し、あれはやっぱすこししつこかったかなと思うに至る。監督は光さん。撮影も編集もよかったなぁ、押しつけずに押す。